こないだ、言いましたっけ。うちのおばの満中陰のとき、墓の納骨の方法についてあれこれ、実務的やりとりがある中で、ふと脱線して土葬の話になって、最近は土葬も少なくなった、というセリフがご院さんから飛び出して、ぼくはその言にハリツケにされたような気分やったが、場は多勢が年寄りということもあったのか、ぼくがひとり、ご院さんのほうにかぶりを振っただけで、以外誰も特別な反応は示さず、めいめいの雑話やらじぶんの足のシビレの気遣いをおこたることのない、そんな何事もない空気の中で、ご院さんは続けて、滋賀が一番土葬の数が多うございましたがな近頃はそれも減りました、まあそれでもこのあたりでは今でも土葬の多いいうたら滋賀でっしゃろな、とやはり日常会話のようで、受けた喪主の兄ちゃんも、そうですか滋賀でっか、などと普通に会話している。知らんのはぼく一人なのか、土葬は常識の一なのか。なにしろ子供の頃から、火葬以外見たことも聞いたこともなかったので、これには驚かされた。あったんや、まだやってたんや。
骨あげなんかにいくと、おかあちゃんら(母の姉たち)が、きまってむかしの話を始める。きれいに焼けてるわぁ、いうのがだいたいの第一声で、むかしの話になれば、たれそれの骨はどんな焼き上がりやった、たれそれは薬をあれだけ飲んでたのにしっかりしてた、さらにもうひとつ古い話になると、たぶん幼少でなくなった彼女らの兄弟であろう子の折は、焼き場のひとに手渡すまいないが少なかったから、顔が生焼けやったとか、このあたりの話は、いいまわしが淡々としているだけにしんに迫るものがあって、渡世の重圧のようなものを背中に感じさせられたりする。そのときは、袖の下つきで再び火を入れてもらったとか、まあ昨今そんなこともなかろうが(知らんけど)何しろ何かで読んだ生半な記憶を繰れば窯の性能はいまや、焼き加減から骨の残量にいたるまで自在に操れる域にあるのだそうで、じっさいキレイさっぱり焼き尽くすことも技術的には可能だと聞いてもいる。そうならこのさい、肉体は煙と共に大空にスッ飛ばして、遺族はかまの掃き掃除をきっちりとして決着する、というのも手ではないかと思ったりする。海に撒くのも結構やが、それもわざわざで、面倒で、だいいち金もかかる。
葬式は生きてるもんのためにあるんやな、とはこどもの頃からの感想なのやが、死んだものへのあれこれの煩いは、生きのこる我々の煩いに他ならない。死んだ後もそないさっぱり忘れてくれんと、ちょっとは自分のことに関わってほしいという、いま生きてるもんの自身への願いと執着と(場合によっては情念)が込められているように思う。普段なら来るはずのない遠方からも人が訪れる。死んだもんのために来るというなら、息のあるうちに来ればよさそうなもんやが、たいがいは死んでから来てその闘病の苦悶を哀れみ、共に涙し、飲み、食い、ついでに近況を交換する。しかし、死んでからとはいえ、そうして集まることのできる関わりの中に身を置いた時ぼくなんかは、死んだもんが見知りや親類を、生きてるもんのために呼んで集めてくれたようにも思えて、人と関われるということのありがたさ(それをありがたいと思えなければ意味はないが)をしみじみ想ったりする。
墓石は、死人がのこのこ起き出してウロウロせんように、埋めた上に重しを置いておくのが始まりやと何かにあった。そりゃ、死んだものはこころおだやかに活動を停止しておいてもらわんと、後クサレのない世代交代が機能せぬとあっては、生まれるものの価値が年々歳々薄れていく。子は宝なんて、ひょっとすると言えなくなる。(残念ながらぼくは土葬の今様の作法を知らないが)大昔は死体をカメに詰め込む前に、念には念を込めて手足の骨をへし折ったというしな。迷う、迷いでる・・・いう表現があるがこれなんかは、なかなかにリアリティーのある、葬る側から見れば、切実な表現なんやろな。
沖縄ではいまでも洞窟みたいな墓室に死体を安置するというし、日本では竹林なんかに放置して、腐り行く経緯をたびたびチェックしては、それを前に酒盛りをしたりする葬送習俗があるとも聞いた。そもそも、奈良時代なんかは「野捨て」という一般単語があるくらいで、死体は郊外の野に打ち捨てたのが、一般的であることを裏付ける。いまはよく違法投棄なんていわれるが、これは国民性かね。
その、うち捨てられた死体の物理的にもさりながら、精神的な処理というのがじつは平安室町前までの日本にはなかったというのが、死者に回向する術を持つ仏教の流布につながったという一考もあった。もちろん死者対応は仏教の本業ではない。そこでそういう胡散臭い業務は私度僧と呼ばれる無資格ナンチャッテ僧侶の渡世のしのぎとして暗黙の了解があるらしかった。でも実際をいえばこれこそが庶民感覚の仏教僧であったろうし、これに檀家制度という骨材が移植されると、日本独自の変態仏教が成立するんやろうな。そもそも、奈良の南都各派も、自分たちは葬儀ができないから、末寺のはすっぱ坊主に自分たちの葬送はしてもらうんだと聞いた。あんな大寺の悟りきったような面々ですらとむらいをして欲しいというのなら、われわれ凡夫ではさもありなんやがな。「ザビエル書簡」に、死んだ母を天国に連れて行ってやるにはどうすればよいのかという種の質問が多くで、それはダメなんだということを言い聞かせるのに苦慮するというザビエルのグチりがあるのも、いかにも日本らしい。そこまでいうならこの際はと、四角四面な教義は伏せておくとして、日本特例かなんかで先祖も助けてやれる祈祷なんかを編み出しておれば、キリスト教はもっともっと広まったかも知れん。だいたい、あれかこれか式のはっきりした思潮は日本では長続きせんらしい。たとえば、「悪いのもわかるけどそう性急に詰めずに、まあぼちぼちと・・・」式がええんやね。(これは考えれば、まったく京都方式やがな)
2008.8.14無為様。明譽韶光拝。