世には多くの宗教宗派があって彼ら創唱者と信仰者らがみな真摯誠実であるとするならばそのどれもは否定されずあるいは全ては寛容されねばならない。かたじけなき気配は実は風土に相対して、変幻自在に現れ方を変えていると捉えるべきだ。ひとびとがそのように望めばその様に形を変えてその風土に、あらねばならぬものとして像を結びゆるぎなきものとして馴染む。三角錐しかりモノたるや見位置によって見える形がかわる。そのかたじけなき気配などは像をむすぶ前の気配そのままを直感しなければならない。祀られているその面ではなく、向こう側とコミュニケートするのだ。窓の向こうは暗いものだからそこには自分の姿とこちらの世界しか映らない。しかしあちらに燈をともせば窓の向こうに向こうの世界のあることが知れる。
ユダヤもキリスト人もムスリムも仏教者もチベットも神道も道教も・・・みんな気持ちはひとつであろうに。080817