日本人にとっての美観とはおくゆさしさと諦観ではないのかと思う。そのもの直截にではなく、表に現れるもののその奥にある何者かとの共感と結びつきに感じ入るのだ。
電車の座席は端から埋まる。端と端なら中にすわる。間隔を測り位置を保ち不可侵の安心を得る。込み合いはねずみでさえ生殖異常を来す。子を食い、同性愛に没入する。
女三界に家無しと言う。マア、よくぞ言うたものやが、三界とはアレコレ聞く複雑な仏教世界の解説のなかにあっては、じつに端的でわかりよい。三界とは欲界、色界、無色界、と世界はこの三つに分類される。無色界は物質界(精神界)からの解放であり、色界はそれへの執着の状態である。これの下位である欲界は複雑かと思いきや、まみれたる欲とは二分類されて淫欲と食欲に尽きる。食欲とは個体の保存欲であり淫欲は種の保存欲である。個体の保存欲はミトコンドリアの要求であり、これは母のゲノムのみを遺伝する。そもそも、雌雄に分かたれてこそ淫欲が発生するが、雌雄にわかれたからこそ死は生じた。性差がなければ死がない。まるごとのコピーがポコポコ生まれるからだ。補食の排除は体への負担を軽減する。負担が減るので睡眠をとらなくてよい。たとえば読経は、必然息を長く吐く。呼吸法としては安定と回復の法である。日産オプティのプロモーションキャッチフレーズはオプティー公理と呼びたい。あなたはあなたが選んだものでできている。深遠にして単純や。ひとの生まれてより、死ぬまでの景観。